天然氷のかき氷店「埜庵」主人―石附浩太郎氏
暑い日に食べる、頭がキーンとするおやつ――そんなイメージを根底から覆すかき氷を提供する店がある。冬の日も常連が、時には噂を聞きつけた海外からのお客もやってくるという、天然氷を使った絶品かき氷の店。その店主は、自ら冬になると山にこもり、天然氷を作る“氷のプロ”だった。
●「あなたの隣のプロフェッショナル」とは?:
人生の多くの時間を、私たちは“仕事”に費やしています。でも、自分と異なる業界で働く人がどんな仕事をしているかは意外と知らないもの。「あなたの隣のプロフェッショナル」では、さまざまな仕事を取り上げ、その道で活躍中のプロフェッショナルに登場していただきます。日々、現場でどのように発想し、どう仕事に取り組んでいるのか。どんな試行錯誤を経て今に至っているのか――“プロの仕事”にロングインタビューで迫ります。
インタビュアーは、「あの人に逢いたい!」に続き、戦略経営に詳しい嶋田淑之氏。本連載では、知っているようで知らない、さまざまな仕事を取り上げていきます。
●海外にまでファン層を広げる湘南・鵠沼海岸の人気かき氷店
今年もまた暑い夏が訪れようとしている。地球温暖化の影響もあって、ここ数年、夏の不快指数は高まるばかり。そんなとき、ふと懐かしくなるのが、日本の夏の風物詩・かき氷だ。子供の頃、お祭りや花火、海水浴に行った際に食べたという人も多いだろう。
しかし近年、グルメでナチュラルなスイーツが人気を集める中で、赤・青・緑など毒々しい色のシロップがかかり、口に入れた瞬間、脳天にキーンと来るような従来のかき氷からは、いつしか遠ざかってしまったという人も少なくないようだ。
ところが、湘南のサーフィンのメッカ鵠沼海岸に、そんなイメージを根底から覆すかき氷店があった。「埜庵」(のあん)である。
小田急の鵠沼海岸駅から海方向に1~2分歩いた閑静な住宅街にある2階建ての洒落たお店だ。今では、女性やファミリー客を中心に、国内はもとより海外にまで、そのファン層が広がっているという超人気店である。
ご主人は、石附浩太郎氏(43歳)。大学で商品学を学んだ後、音響機器メーカーなどで営業系の仕事で活躍。5年前に脱サラをして、かき氷のお店を開いた。俳優の西村雅彦さんに何となく雰囲気が似ていて、人を魅了する独特のオーラを漂わせている。
●埜庵の3つの強み
初めて訪問した筆者の第一印象を述べるならば、埜庵の美点は次の3点だろう。
第1は、ご主人が手作りするナチュラルで独創的なシロップの数々。一例を挙げると、鬼柚子のシロップ。ふつうの柚子は小ぶりで表面もツルンとしているが、鬼柚子は、2回りくらい大きく表面も凸凹しており、風味はいっそう濃厚だ。しかし、一般市場には出回っていない希少性の高い素材であり、ご主人は、これを地元・神奈川県と静岡県の県境付近から仕入れている。
埜庵では、このような独自・異質・新規な素材をどんどん導入し、来店客に常に新鮮な感動を与え続けている。
第2は、天然氷の独特の食感。天然氷は、口に入れた瞬間のキーンと脳天に来る不快感がなく、当たりが実にソフトで、優しい感じがする。日本広しといえども、今や天然氷を制作しているのは、全国で3カ所だけであり、石附氏は、自ら職人として、毎年冬になると、その制作に携わっている。
第3は、ご主人のもてなし。十把一絡げではない個客対応が素晴らしい。ちょうど取材に伺った際も、一見・常連の別なく、来店客それぞれに丁寧なコミュニケーションを行っている姿が印象的だった。
●流行を超え、“想い”を伝える埜庵のかき氷
「かき氷は、もともとプロのいない世界です。従って作り手の側は、評価基準を持っていなかったんですね。そうこうしている内に、お客様の方が先に、どこのかき氷が美味しいかに気づき始めたんですよ」と石附氏は苦笑する。実際、Webを調べてみると、夏季限定のかき氷専門ブログも存在し、ユーザーの人気を博しているようだ。
しかし石附氏ご本人は、かき氷店相互の相対評価とか、流行のスタイルについては、それほど意識しない。最近は、氷をきめ細かくかいた、京都風の繊細なかき氷がトレンドとのことだが、それについてもスタンスはたいへん明確である。
「京都の氷の削り方がふわふわと繊細なのは、もともと京都では(天然)氷が貴重品だったからです。それに対して関東地方でパリパリときめの粗い削り方をするのは、昔から(天然)氷がふんだんにあったからなんですね。要するに、それぞれ歴史的経緯があってのことなんです。私は、どっちの削り方で出すかとかは、重大なことではないと考えています。大事なことは、作り手の“想い”を伝えてゆくことなんですよ」
●お客様の“舌の記憶”に勝つ
では“想いを伝える”ためには、どうすれば良いのだろうか?
「どこどこの人気店より美味しいとか美味しくないとかいう競争をやっていてもダメなんです。何よりも大切なこと――それは、ひとりひとりのお客様と真正面から向き合い、お客様の舌の記憶に勝つことなんです」と石附氏は話す。
要するに、個々の顧客の郷愁を呼び覚ますと同時に、「えっ、かき氷って、こんなに美味しいものだったの?」と思わせる、独創的な斬新さが必要なのである。
もともと、氷を作る機械がなかった時代には、売られている氷はみな“天然氷”だった。天然氷の記憶――中年以上の年代の方々であれば天然氷で作ったかき氷を子ども時代に食べた記憶が、心の片隅に残っていることだろう。
石附氏は、この伝統を自ら継承している。しかしそれだけでは、単なる懐古趣味になりかねない。「なんか懐かしいねえ……!」で終ってしまう。
そこで、シロップを、上記の鬼柚子に代表されるような現代の都市生活者の嗜好・価値観に即したものへと革新している。その結果、同店は、国内外に広くファンを持つまでになった。
しかし実は、ここから先こそが、同店の真骨頂なのである。
●絶えざる自己革新で顧客の心をつかむ
1回来店して感動した顧客は、次回、さらに大きな期待感をもって来店する。その時、前回と同じものを出すだけでは、顧客は何となく物足りなさを感じてしまうものだ。
埜庵には、抹茶金時(いわゆる宇治金時)や市販のシロップを使った通年の定番商品もあるが、生の果物から作るオリジナルシロップを使った、フルーツのかき氷が人気だ。フルーツのかき氷は、果物の旬に合わせて短期間で切り替わる。石附氏は、シロップの絶えざる革新を行うことにより、お客が何回来店しても新鮮な感動に浸れるようにしているのである。
例えば、世の中で宮崎県のマンゴーが流行り出せば、当然それも取り入れるだろうが、それは顧客ニーズへの対応に過ぎない。
顧客ニーズ(Needs)への対応はもちろん大切だが、それだけでは、安心感や充足感は与えられても、ときめきや感動にはつながらない。そうなると、やはり、顧客ウォンツ(Wants)への訴求は欠かせない。だからこそ、石附氏は、彼ならではの他の誰とも異なるまったく新しい素材を掘り起こし、次々にシロップに取り入れ、提案してゆくのである。
●プロとしての誠実さがカギ
もうひとつ重要なこと。それは、石附氏のプロとしての誠実さだ。伝統的な食べ物を供する人には、職人タイプが多い。ラーメン屋の頑固オヤジを想像すれば分かりやすい。そうした店主には、素材にも調理法にもこだわり、客のマナーにまで神経を尖らせる人が多い。
しかし、そうした店が雑誌に取り上げられるなどして、突然人気店となるとどうだろう? 店の想定を超える数の客が殺到するようになった途端にあからさまに味にバラツキが出て、あのコダワリは一体何だったのか? と思わせる場合も少なくない。
「それじゃ、ダメなんですよ」と石附氏は強調する。「どんな状況下にあっても、その中で、自分として最高のパフォーマンスを見せることができてこそプロフェッショナルなんです。であればこそ、客が殺到しても、一定以上の水準で出せることが何よりも大切なのです」
それは、氷の温度管理とか削り方、あるいは刃の角度の調整などの技術的な面だけでなく、接客についても言えるようだ。マニュアル的な接客がはびこる現代にあっても、石附氏は、来店客ひとりひとりに対し、快活かつ丁寧に応対している。忙しいから、混んでいるからといって適当に客をあしらうようなことはない。その中で、自分自身の想いや理念をしっかりと伝え、理解や共感、信頼の輪を広げているのである。
●1年中、かき氷で勝負するという難しさ
埜庵では、繁忙期である夏場以外は食事メニューも出しているが、それはかき氷を食べに来たお客に、プラスアルファとして提供するものであり、一年中“かき氷を出す店”として営業している。
しかし当然、かき氷を食べに来る客の数は、冬より夏のほうが圧倒的に多い。通常の飲食店では考えられないほど、季節や気温、天気といった要因に大きく左右されるのだ。
「かき氷は、暑いところで食べるのが一番おいしい。当然のことです。このビジネスの難しいところは、どんなにベストを尽くしても、自分が取れる点は100点中の50点に過ぎないという点です。残りの50点はお客様が持っている。お客様個々の体調や、その日の気象状況で残りの50点は決まってしまう。ですから、自分の持ち点の50点だけは、確実に取っておく必要があるんです」
●知られざる天然氷の世界――山にこもる過酷な日々
このようにして、かき氷のプロとして独自の存在感を放つ石附氏。店頭で氷を削り、シロップをかけてお客に出すのがカキ氷店店主・石附氏の表の顔とすれば、その天然氷そのものを作る姿が、氏のもう1つの顔であると言ってよいだろう。そしてそれは、一般のビジネスパーソンには窺い知ることの出来ない厳しい世界のようだ。
「今では、日本で天然氷を制作しているのは、秩父・日光・軽井沢の3地域だけなんですが、私は、秩父と日光で氷作りに参加しています」
毎年冬、石附氏は職人になる。山深く分け入り、清浄な湧き水をプール様の水槽に張り、天然氷作りが始まる。
毎朝5時、あたりはまだ真っ暗だ。軽トラで乗り付け、電気もない山奥で作業は始まる。「車のヘッドライトで照らしながら準備しているうちに、だんだんと空も白んでくるんですよ」と石附氏。
午前6時半ころになると、だいぶあたりが見えるようになってくるので、まずは水槽のふちの氷を割り、掃き出す仕事を始める。ふちの部分は氷が膨張してしまうので、割っておかないと水槽が壊れてしまうためだ。「これがメチャクチャ寒いんですよ」と苦笑する。
午前7時半ころ。今度は表面に積もった木の葉を掃くなどの清掃作業に移り、それを午前中いっぱい続ける。秩父では、300平方メートル×2面、日光では、校庭くらいの広さだという。「お昼には軽トラでいったん山を下りて、温かい蕎麦を食べて、また山に戻ります」
午後1時から午後5時ごろまでは、また、ひたすら清掃作業が続く。「5時過ぎに一段落したら山を降りて、ラドン温泉に入るんですが、それが一番の楽しみですよ」と笑う。
そして、午後9時就寝。しかし、それは天候に恵まれた場合の話。いったん雨や雪になれば、寝ているどころではない。特に、氷に張り付くべた雪は厄介だという。
「食品として使う氷ですから、天然氷はきちんと衛生管理をした水を凍らせて作ります。しかし雨や雪は、人間の管理下で作られていない水なので、天然氷の中に入れるのは好ましくないんです」(石附氏)。このため、天気予報で、天候が崩れることが予想されるときなどは、とても寝てはいられないという。
毎年12月から1月、ないしは2月初旬にかけては、こうした日々が、いつ終わるともなく続く。我々が、夏の暑い日にいただく1杯の天然かき氷には、蔵元ら氷職人ひとりひとりの尋常でない努力と深い想いがこめられているのである。
では、石附氏は、いったいなぜ、ビジネスマンとしての地位を捨て、この過酷な天然氷の世界に飛び込んだのだろうか? 後編ではそれを見てみたい。
●嶋田淑之(しまだ ひでゆき)
1956年福岡県生まれ、東京大学文学部卒。大手電機メーカー、経営コンサルティング会社勤務を経て、現在は自由が丘産能短大・講師、文筆家、戦略経営協会・理事・事務局長。企業の「経営革新」、ビジネスパーソンの「自己革新」を主要なテーマに、戦略経営の視点から、フジサンケイビジネスアイ、毎日コミュニケーションズなどに連載記事を執筆中。主要著書として、「Google なぜグーグルは創業6年で世界企業になったのか」、「43の図表でわかる戦略経営」、「ヤマハ発動機の経営革新」などがある。趣味は、クラシック音楽、美術、スキー、ハワイぶらぶら旅など。
引用 誠
今度行ってみようかな^^
Posted by diet55 at 00:56
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